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活動レポート

2014年6月

2014年6月28日

ガイドを行ってきました。

今日は3人のお客様を迎えて、いわき市から富岡町までガイドさせて頂きました。

いわき市には来たことはあるけどその先は・・・・
お気持ちはよく分かります。
関わってよいものか?知りたいけどご迷惑ではないか?
複雑な思いをお持ちでいらっしゃいました。

でも現実を知りたいというお気持ちからご連絡を頂きました。

私のガイドは、良いところもありのままご説明いたします。
途中、町のかたとも会っていただきました。

私の言葉より、町民の方の言葉のほうが何倍も説得力があります。

いわき市、広野町、楢葉町、富岡町
それぞれが抱える問題、除染の進み具合、復興の具合、
まったく違うことに驚かれていました。

原発事故の被災地は~と安易に語るひとにご用心を
まったくひとくくりに出来ません。

今日も大変好評を頂きました。
そしてそれを東京で広めてくれます。

最後は観光案内をさせていただきました。

良い現実もたくさん持ち帰ってほしいと思っています

2014年6月27日

ガイドを行ってきました。

東京都狛江市で行った講演会の際にお客様としてお越しいただいた方を、いわき市から富岡町までガイドさせて頂きました。

原発事故、そして震災の爪あとは今は感じられないほど「いわき市」は復興しているように”一見”見えます。
ですがそれは見落としているだけで、日々の移り代わりを知っている人間と一緒にまわることでそれが実感していただけます。

また原発事故の甚大被害地域である双葉郡は何も変わってないと思われていますがそれも間違いで、確実によい方向には進んでいます。ですがそれはとても歩みが遅いものです。
それがどれほどのものかも、移り変わりを知る者が一緒にいないと感じられません。

本日はお一人様でしたが、私は団体様でも個人様でも変わりなくご説明させて頂いております。

本当の真実はご自身で確認されることをお勧めいたします。

2014年6月23日,24日,25日

福島島県双葉郡広野町にて、広野町中学校の草むしりと花植えを行ってきました。 

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ひろのオリーブ村では広野中学校の花壇にオリーブを植えています。
梅雨場の雑草の成長はものすごいものがあり、私たちの管理を超え雑草だらけになっていました。

ひろのオリーブ村さんは植えた後も責任を持って管理しています。

広野町町民の青木さんのご協力により、マリーゴールドとサルビアを3000千本ほど寄付させていただきました。

草むしりだけでなく、花を植えたほうが気分が明るくなりますよね。

当然ながら私だけで出来るものではなく、ひろのオリーブ村さんのお力をお借りしました。
それでも足りなく、無理を言って東京電力の復興チームの方々にもご協力を頂きました。

植えているうちに花壇以外の雑草も気になり、草刈機を使ってきれいにしたりと
当初の予定を超え3日間もかかりましたが、出来上がりに満足しています。

植えている最中に時折聞こえる子供たちの声にうれしい気持ちになりながら。

こういった思いつきの行動をさせていただける中学校様、広野町様のご理解にも感謝しています。

広野町の方々はみな子供達思いです

2014年6月23日

NHKいわき市局の方より取材を頂きました。

AFWが原発作業員支援だけをやっているのではないことに興味を持ってくださいました。

私たちがなぜ浜通りの復興にも力を入れているか?
不思議に思われている方がいらっしゃいます。

私たちは原発事故の被害にあわれた地域の本当の復興とは何を目指すべきなのかを模索してきました。

結論は私達はあまりにも未来に対して漫然と責任を負ってこなかったことに気づき、大切なのは次世代へ託すことが出来る未来を作りあげることだと確信しています。

震災前の状況を目指す
これでは原発に依存した地域性を変えることにはつながりません。
依存していなかった地域も、過疎化が進み手を打っていませんでした。

未来を作る
その為には、福島第一原発が一日も早く収束していただかないと復興事は進みません。
そして同時に生活基盤が崩壊した地域を救わなくてはいけない。

私個人は家族と友人達の思い出の場所をよりよくしたい思いでいっぱいです。

AFWのHPが大きく、3つのプロジェクトに分かれているのはその為です。

丁寧に取材していただきました。
今後、大きなプロジェクトが動いた際にはNHK様で取り上げて頂けることになりました。

2014年6月23日

Jヴィレッジへ夏場の支援物資をお届けしました。

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6月より皆さまへご協力のお願いをしている「福島原発作業員の方々へ夏場用インナーと感謝の気持ちを届ける」活動を行ってきました。

今回は夏場用インナーを500着をJヴィレッジにお届しました。
今後、Jヴィレッジ内で配布が行われます。

アプリシエイト・フクシマ・ワーカーズは新聞、講演会、SNS、雑誌等を通して
現地で働く方々の実情をお伝えし、問題に解決に取り組んでおります。

この度の支援物資をお届する活動は、全国の支援をされたい方々と福島原発で働く方々を繋ぐ活動です。

少しでも夏場の過酷労働緩和に寄与できればと思っています。

2014年6月21日

埼玉県三郷市から太田様と埼玉県立特別支援学校「さいたま桜高等学園」の林先生と奥様がお越しくださいました。
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双葉郡広野町にて

ひろのオリーブ村さんの定例会に出席してきました。
毎月行っているものですが今回はお客様をお迎えしました。

広野町は震災後の避難生活において埼玉県三郷市の方々とお繋がりを持つことになりました。

ひろのオリーブにてオリーブ栽培の取り組みを始めた事を知った「さいたま桜高等学園」の生徒達が復興に役立ててほしいとオリーブを栽培されています。

今回53本の苗木を提供頂きました。

写真はただ植えているだけに見えますが、震災の影響により使われなくなった畑をみんなで使える状況に戻しています。
頂きました苗木をしっかり管理できる場を作るのは大変です。

生徒さん達が一生懸命育ててくれたオリーブ
大切に育てていきます。

林先生は農園芸の先生です。
オリーブ栽培を研究され私達にノウハウも伝えてくださいました。

オリーブを通じて、こころの交流

生徒さん達が少しずつお金をためて広野町の遊びに行くと言われているそうです。
うれしいですね。

2014年6月20日

広野町町長 遠藤様と企画課飯島様と会合させていただきました。

かねてよりお約束をさせて頂いた「広野町町長 遠藤智」様と「広野町企画課 飯島」様と会合を行ってきました。

私のスタンスはアイディアをいかがでしょうかと持ちこむことはしません。
一緒に作りあげませんか?といったお願いにあがります。

3月の私と広野町教育委員会様、そして学生団体AAO様で作り上げた「広野町中学生学習支援事業」が6月から毎月行われる事になりました。

やったぞという思いと、町のご理解に感謝しております。

今後も一緒に広野町を、双葉郡を、浜通りを良くしていくことを再確認させて頂きました。

現地感を失わず、町の方々と共に、良い未来へ

みんな思いはいっしょです!
頑張ります!

2014年6月20日

6月16日発売「サンデー毎日」に布施祐仁さんが書かれたルポが掲載されいます。

「所長命令に背いた」のか 朝日新聞吉田調書報道に異議あり!
東電社員が明かす原発事故”敵前逃亡の真相”

AFWとして私も発言を掲載させて頂いています。

是非皆さまお近くの書店でお求め、お目通しをお願いいたします。

2014年6月18日

福島県田村郡小野町にある「福島バーミ」さんにお伺いいたしました。

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福島バーミさんはこの時期、「きくらげ」、「椎茸」、「タモギタケ」を生産されています。
一時は放射能汚染により、きのこ産業は壊滅的被害を受けましたが、0からのスタートを切り安全で美味しいきのこを生産できるまでになっています。

こうした取り組みは中々一般社会に伝わりません。

今回お会いした理由は、私もご協力させて頂いている「国際まんが協会」の「どろんこマンガ村」のアイディアが福島県の生産農家の方に手助けにならないかと思ったからです。

どろんこマンガ村とは
自然循環社会の構築のために漫画のちからを使って普及する取り組みです。
言いかえれば、福島の農村部が農村部単体で生活できる仕組みを作り上げることを目指します。

マンガを使って生産農家の取り組みをお伝えしたり
地域伝統技能を子供達に漫画を取り込み学んでもらったりと
マンガを切り口に地域復興活動にも取り組むものです。

社長と息子さんと、「福島をもっとよくしたい」、「子供達に良い話題を届けたい」、熱く真剣にお話させて頂きました。

お土産に椎茸を苗床毎頂きました。
毎日美味しい椎茸を頂けます。
こんな美味しい物を知らない、もったいないです。

福島県を元気に!
とてもやりがいがあります。

2014年6月16日

日本テレビの方とお会いしました。

日本テレビの方をご紹介いただきました。

メディアで作り上げられた誤った福島観を正す活動を一緒に行っていきましょうということになりました。

信念を持たれた方々と繋がり、現地の方々と一緒に改善に歩んでまいります。

2014年6月14日

6月14日(土曜日)の朝日新聞、福島版にAFWの活動が掲載されます。

それと同時に4月、5月で頻発している福島第一構内での怪我、熱中症への改善提案もさせて頂いています。

限定的な範囲になりますがご一読ください。

2014年6月13日

6月17日発売、サンデー毎日にAFWコメントが掲載されます

私が信頼しているジャーナリスト「布施悠仁」さんが、来週火曜日発売の「サンデー毎日」に吉田調書の中に出てくる名もない東電社員の思いを書いてくださっています。

当時の現地社員の思いが感じられる内容です。
私も少しばかり出てきます。

吉田調書で問題にされるべきは、原発事故という極限時には制定されたマニュアルが機能しないこと、情報伝達すらままならなかったことです。
責任の所在も明確ではありません。
これらは安全に関わることですから、見直していかなければなりません。

ですが、書き方一つで読者が現地の社員の名誉を傷つけることになった事は誤解が原因で何もよい結果は生みません。

誤った誤解を正す事に繋がると期待いたします。

是非ご一読ください。

2014年6月11日

東京で取材対応及びAFW会合を行いました

東京にて電気新聞の方に取材をして頂きました。
これから福島第一原発で従事される方々への支援活動をするにあたり、電気関連企業新聞にその活動を載せて頂くことになりました。

一般の方への伝えるのも重要ですが、業界へのアプローチも重要と考えています。

そして業界では、直接的に働く方々が抱える問題の解決に動いて頂きたいと思います。

その後、私を支えてくれる個人の方と会合し、福島の良いところを伝えるTV局との方との会合をセッティングして頂きました。

最後はメンバーと集まり、朝方まで今後の活動方針についての打ち合わせを

丁寧に人と繋がり、そしてそれを自分ではなく我が町、福島県、浜通りへと繋げていきたいと思います。

2014年6月10日

広野町二ツ沼総合公園でオリーブ回りの雑草刈りを行いました

草刈機を初めて持たせてもらい、小一時間かけ土手一面をサッパリと。

簡単そうに見える作業も実際にやると、大変な労力がかかります。
農作業とは経験と体力の積み重ね、それ故に出来上った物に対して大きな思いいれを持たれるのだと思いました。

ここ数日の経験で分かった気に決してなってはいけませんが、それでも原発事故により困難な状況の農業に対して、どういった事が出来るのか
沢山の事を考える一日になりました。

今日は休み時間を使って、Jヴィレッジに支援物資の搬入と配布のお願いにあがりました。
担当の方が在職時代のツーリング仲間だったこともあり、話はすんなりと。

ワークマンで500着のインナーの購入手続きも行い、時間指定配達の聞く業者との取り交わしも終わりました。

町の復興と原発支援
複雑にして密接な関係を持っています。

その両方に携われる事に遣り甲斐と責任を感じています。

第一弾の支援物資を送ることがこれで出来ます。

2014年6月6日

写真家の方からのご依頼で、いわき市~浪江町~川俣町~田村市船引町~いわき市をガイドしました。

ひとえに避難区域といっても、行政(町毎)に復興の進み具合はまったく違います。

来年春、帰還を想定している楢葉町は着々と除染が進んでいます。
6号線を堺とし、東側では焼却処分を待つ除染廃棄物が山のように積み上げられ、悪臭を抑えるため緑のシートで囲われています。
JR常磐線も開通し竜田駅まで運転をしていました。

続く富岡町からは様子はがらっと変わり、地震と津波の瓦礫撤去も半ばです。
ですが復興の歩みは感じられ、試験的な作付けも始まっていました。
除染も僅かずつですが始まっています。

その先、大熊、双葉は震災時の風景を色濃く残しています。
一次立ち入りの為に、一部道路は補修されましたが、主要道路以外は注意しながらの走行が必要でした。
天気が悪く霞がかった風景の向うには1Fが見え、多くの原発作業用車両が行きかうものの、立ち入りの為の車は少なかったです。
地震からの復旧も進まず、未だに屋根にはシートが被せてあり、今日のような天気では恐らく屋内はカビにより汚染がなくても住む事が難しいと感じる装いです。

浪江町に入ると除染車両が行きかい、帰還に向けて前向きに進んでいる状況と感じました。
我が家に帰ると未だに水道が出ません。電気は通じるものの水道整備はまだまだなのでしょう。
浪江町役場が通常営業していました。人がいない町、商店が機能していない町ですが、役場だけが震災前のように人が多くおり、事務仕事に追われている姿は違和感を感じながらも、ちょっとだけ日常が戻ったような。。。
帰還へと進んでいるのは実感できました。

国道114号を通り川俣町へ。
途中浪江町津島によりました。帰還困難区域です。
妻の実家を通り、この時期の森と雑草の成長により回りはジャングルの体に。
一生懸命素晴らしい町だったと喋る私と実物のギャップに同行された方は、何とも言えない表情をされていました。
線量も高く、車の中でも3マイクロほどありました。1年で1ミリシーベルトの目安は0.23マイクロです。

複雑な感情の中、川俣町へ。
川俣町も除染が進んでいました。
シートは被らず無数に置かれた除染廃棄物は黒山と表現するに値する量です。
除染作業員の方々は雨の中も取り組まれていました。
途中、福島大学の方々が研究用なのか、作業されている姿を拝見しました。

船引町まで来ると、震災の影響を感じられないほど発展をしていました。
恐らく南相馬市よりは整理されているといった印象を受けました。

途中何度も道が行き止まりになっており、右往左往しましたがお越し頂いた方も私も貴重な体験を出来たと思っています。

被災地と一括りに出来ず、行政が違うと取組みも全然違います。

双葉郡を一回り、計260kmの道のり。

ガイドを希望される方ご連絡をお待ちしております。
やはり生で見て感じる事は必要だと思います。

2014年6月3日

ひろのオリーブ村さんと一緒に二ツ沼総合公園にオリーブの植樹を行いました。

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こちらは公園内にあるパークゴルフ場の空きスペースに植えたものです。

苦労話を一つ
広野町の土壌は数十センチも掘ると粘土質の土壌になります。
スコップでは中々歯が立ちません。
ショベルカーを使った作業を行います。
オリーブを10本ほど植えるのには土壌の改良から入る形になります。

今日は事前に改良の終わったところを掘り返し、植える形で比較的やり易いものでした。
しかし写真の中で、オリーブを支える杭が見てとれると思います。
この杭打ちは粘土質に打ち込むもので、こちらは大変な労力を使いました。

写真を見て、皆さんがお気づきの通り、「東京電力の社員」の方々にお手伝い頂いています。
被災地の復興作業には、どうしても町への帰還が進まず、労働力が足りない作業が多く存在します。

東京電力としての取組の一つがこうした復興へのお手伝いとして、復興支援事業というものがあります。
ここで作業されているのは、主に関東から派遣された社員の方々です。

私は立場上、町の方々の思いと社員の方の思い両方が理解できます。

この取組への賛否両論はありながらも、現地ではその取組なしに活動出来ない状況も存在しています。

私個人としては、力をお借りしている事には大変感謝しております。
そしてこの暑さの中でも上着を脱がず、真摯に作業する姿勢そのものは誠実さの表れと直に取ります。

途中、パークゴルフにいそしむ方々がねぎらいの言葉をかけてくれました。
そして少しずつ「オリーブ」の認知が上がっているのも嬉しいところです。